大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)793号 判決 1963年2月22日

上告人 山田勉(仮名)

右法定代理人特別代理人 山田良明(仮名)

右法定代理人親権代行者 清原弘(仮名)

被上告人 山田京子(仮名) 外七名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山田良明、同清原弘の上告理由一について。

原審が証拠によつて適法に認定したところによれば、被相続人山田啓輔は昭和二〇年五月一一日死亡したが、法定または指定の家督相続人がなかつたので、被上告人山田ふさ、訴外種田三郎らの親族が事実上集り、啓輔の相続人には、選定の順位を変更して上告人を推すことを定めたが、誰も管轄裁判所に親族会の招集及び家督相続人選定の順位を変更することの許可を申請することなく、従つて法律上の親族会で上告人を啓輔の家督相続人に選定したことはなかつたというのであるから、右親族の事実上の集りにおいて上告人を選定家督相続人と定めた決議は、当時施行されていた旧民法九八二条、九四四条、九八三条に反するものであつて、特に判決をまつまでもなく、当然無効の決議というべきであり、右決議に基づき上告人が啓輔の家督相続人に選定された旨の届出が戸籍吏になされ、且つ、本件不動産につき上告人のために家督相続による所有権移転登記手続がなされても、上告人が正当な家督相続人として本件不動産の所有権を取得しえないことはいうまでもないところであり(大正一二年(オ)第七四三号、同年一二月一〇日大判、民集二巻六六一頁参照)、そして、原判示によれば、上告人の家督相続届出の右戸籍の記載は、被上告人ふさの戸籍訂正許可の申請により静岡家庭裁判所浜松支部において審理の上これを抹消する旨の審判がなされ、既に戸籍も前戸籍の回復手続がなされているというのであつて、右審判をもつて当然無効のものと解することはできないから、上告人は、もはや戸籍上も相続人ではなく、従つて、表見相続人として本件不動産の所有権者としての保護を受ける理由がなく、すなわち被上告人らに対しその取得登記の抹消を請求する権利はないものといわなければならない。右と同趣旨に出た原判決は相当であり、論旨は理由がない。

同上告理由二について。

原判決の事実摘示に所論のような記載のあることは、記録上明らかである。しかし、原判決は、決して、所論証人の証言が存在するものとしてこれを事実認定の用に供しているわけではないから、所論の瑕疵は何ら原判決の主文に影響を及ぼすものでなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官奥野健一の補足意見、裁判官藤田八郎の少数意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

仮に上告人がいわゆる表見相続人に当たるものであるとしても、表見相続人は単に真正相続人より相続回復の請求を受けない限り、事実上相続人の地位を保有するというに過ぎず、これがため積極的に権利を取得するわけのものでないのであるから、表見相続人が原告として第三者に対し、その所有名義となつている不動産は自己が相続により取得したものであることを主張して、当該第三者の所有権の取得登記の抹消を求める訴を提起した場合において、相手方たる被告がこれを争う以上、(被告が争うことができないという理由はない)表見相続人は、一般原則に従い、自己が相続により、その不動産を取得したことを立証すべきであつて、裁判所は単に表見相続人であるという理由だけで、未だ真正相続人から相続回復の請求がないからといつて、表見相続人が当然に相続財産を取得したものと認定しなければならないものではなく、審理の上、表見相続人が真正の相続人でないと認めて表見相続人の請求を排斥することを妨げられるものではないと解すべきである(昭和九年五月三〇日大審院判決)。

本件において原判決の確定するところによれば、上告人は山田啓輔の選定家督相続人に選定された旨の届出により、その旨戸籍に記載されたが、選定のための親族会の招集および家督相続人選定順位変更の裁判所の許可を申請したこともなく、従つて法律上の親族会で上告人を啓輔の家督相続人に選定したことはなかつたというのであるから、旧民法九八二条、九四四条、九八三条に違反するものであり、仮令戸籍に家督相続人に選定された旨記載されても、上告人は正当な家督相続人ではなく、従つて相続により本件不動産を取得するわけはないものとして、相続による所有権の取得を前提とする上告人の請求を排斥した原判決は正当であつて、本件上告は理由がない。

裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。

本件において上告人はいわゆる表見相続人の地位にあるものである。

1 被相続人山田啓輔が昭和二〇年五月一一日死亡したが、法定又は指定の家督相続人がなかつたので、被上告人山田ふさ(啓輔の妻)、種田三郎(啓輔の実兄)らの親族の者が事実上集り、啓輔の相続人には啓輔の甥山田良明の三男たる上告人を推すことに定めたこと、

2 同年六月二四日浦川町の吏員が上告人が啓輔の家督相続人に選定された旨の届出を受理して、その旨戸籍に記載したこと、

3 相続財産たる不動産について、上告人名義の相続登記がなされたこと、(本件において係争の山林、宅地、建物のすべてを含む)

4 啓輔の妻ふさが上告人を養子として届出をしていること、(ふさは啓輔の相続人としては、被選定の第一順位にあるものであるが、ふさ自身が上告人の相続人たる地位をみとめていたこと)

以上の事実は原判決の確定するところである。

以上の事実関係からして、少くとも本件訴の提起された当時において、(それ迄の間に真正の相続人なる者が出現していない、真正の相続人から上告人に対して相続回復の訴の提起された形跡は全くない)上告人がいわゆる表見相続人の地位にあつたことは明白である。

原判決といえどもこれは是認するところであろう。ただ原判決は「戸籍も訂正されて、すでに、戸籍上も相続人でないから、上告人は表見相続人として本件不動産の所有権者としての保護を受ける理由はない」という。戸籍の訂正されたことによつて表見相続人たることを否定せんとするものである。

しかし、この戸籍の訂正は本訴提起の後になされたものであり、「被上告人山田ふさの申立によつて、静岡家庭裁判所浜松支部が戸籍訂正許可申請について、審理をした上、上告人の家督相続届出の戸籍を抹消する旨の審判を為し、戸籍も前戸籍の回復手続が為された」ことは原判決の認めるところである。

かかる抹消手続の違法なることは上告論旨の指摘するとおりである。即ち確定判決によらずしてかかる戸籍の訂正をすることは許されない。殊に相続関係については相続回復の訴という特殊な訴訟形態がみとめられているのであつて、相続に関する戸籍を訂正するにも必ずかかる訴訟にもとづく判決を要するのであつて、単なる一片の戸籍訂正の申立によつてかかる戸籍の訂正をすることが許される道理がない。ただかかる違法の審判も確定した以上、これを取消す途はないから、戸籍が抹消されたという事実はこれを認めざるを得ない。

しかし、かかる違法の戸籍の抹消があつたからといつて、上告人の表見相続人たる地位に影響を及ぼすものと解すべきではない。かりに、戸籍吏が職権を濫用して戸籍を抹消した場合を想像すれば、かかる抹消は表見相続人たりや否やには何らの影響のないことは明白であろう。

なお、本件不動産に対する上告人の相続に因る所有権取得の登記は、その後の移転登記のために抹消されているけれども、上告人の主張によれば、(被上告人らの主張によつても)被上告人らに対する所有権の移転は無効であり、従つて右相続登記の抹消は違法である。かかる違法の抹消によつて表見相続人たる地位を失うものとすれば、表見相続人は遂にその違法登記の抹消を求める途がないこととなろう。

さらに、本件以外の相続財産について、上告人が現に不動産の相続登記を保有しているものがあるかどうか、動産たる家産の占有しているものがあるかどうか、又当時の民法九八七条所定の系譜、祭具等を上告人が占有しているかどうかはすべて原審において審理されていない。おそらく上告人は事実上この家の相続人として内外から認められていたものでないかと想像される。かような点を審理しないで、戸籍が抹消された(しかも違法に)という一事で上告人の表見相続人たる地位を否定せんとすることは、不合理である。

被上告人らは、上告人の右相続を争い、上告人の右相続に因り、本件不動産の所有権を取得したものでないと主張するのであるが、被上告人らは真正相続人以外の第三者であることはあきらかである。そして真正の相続人が家督相続の回復をしないかぎり、真正相続人以外の第三者は個々の特定財産についても、表見相続人に対し、相続の無効を理由として、その承継取得の効力を争うことはできないことは既に当裁判所の判例とするところである。(昭和三二年九月一九日第一小法廷判決、民集一五七四頁)とすれば、上告人について表見相続人たる地位を否定した原判決は違法であり、破棄を免れないものである。

裁判官小谷勝重は退官につき評議に関与しない。

(裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

裁判長裁判官藤田八郎は退官につき署名押印することができない。(裁判官 池田克)

上告人法定代理人特別代理人山田良明、同親権代行者清原弘の上告理由

一 原判決には無効の家事審判を有効と判断した違法がある。すなわち原裁判所は静岡家庭裁判所浜松支部が同裁判所昭和二六年(家)第三六五〇号家事審判事件において、被上告人山田ふさの「同被上告人の夫啓輔が昭和二〇年五月一一日死亡したところ同年六月二三日同被上告人と上告人との間の養子縁組届をなし次で翌二四日上告人が前戸主啓輔に対する家督相続をなした旨の届出をなしたため、これが誤つて受理され、その旨の記載が戸籍簿になされたが、後にいたり同被上告人は右家督相続届出を過誤にもとずく無効のものであつて、これによつてなされた戸籍簿上の一切の記載はいずれも法律上ゆるされないものであることを知つたから、これを抹消したい」という戸籍法第一一三条による申立を容れ、それぞれ当該戸籍を消除することをゆるした審判を有効であると判定しているが、これは誤つている。そもそも戸籍法第一一三条にもとずく審判によつて戸籍を訂正することが、ゆるされるためには「戸籍の記載が法律上許されないものであること」または「その記載に錯誤若しくは遺漏があること」を発見した場合であることを要するのであつて、その趣意は戸籍の記載が不適法または真実に反し、而もその訂正事項がきわめて軽微で親族相続法上の身分関係に重要な影響をおよぼさない場合、例えば出生の年月日や男女の別を誤つた記載とか或は生存者について死亡の記載がなされているような場合やまた例えば届出がないのにみだりになされた戸籍の記載のように戸籍面上錯誤が当然あきらかな場合であることを必要とするものであり右に該当しない場合には同法第一一六条にもとずき確定判決によらなければ戸籍の訂正はゆるされないものと解すべきであるから、右静岡家庭裁判所浜松支部の場合のように戸籍に記載されている家督相続がゆるされるかどうかというような実体上の根本問題については同法第一一三条による審判はゆるされないことはあきらかである。従つて、右審判は審判をゆるされない事項についてなされた無効のものであるにかかわらず、原判決はこれを「戸籍訂正に関する限りでは、控訴人(上告人)主張のような理由で当然無効にはならない」というきわめてあいまいな表現を用いて支持しているのであるからあきらかに違法である。

二 原判決はその事実摘示欄に「控訴代理人は当審判の証人内田半三郎、神谷幸七……(中略)……の各証言……(中略)……を援用し」と記しているが、右各証人については原審において控訴代理人から尋問申出がなされたにかかわらず、尋問がゆるされずにおわつているから、控訴代理人においてその証言を援用することは不可能である。原判決にはこのような虚偽の事実の摘示せられた違法がある。

以上の各理由によつて原判決は破毀せらるべきであると考える。

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